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【前立腺がん】前立腺がんの検査と経過について

f:id:otahukutan:20190528142623j:plain文:オタ福

今回は『前立腺の腫瘍』と診断された犬の症例です。
本症例は手術、抗がん剤治療を行わず、NSAIDsという炎症を抑える薬のみの緩和治療を行なっています。
前立腺がんと診断され、1年ちょっとが過ぎました。
徐々に進行する腫瘍と元気に生きる犬の経過を追って書いています。

 

【目次】

 

【本症例の情報】

『基本情報』

動物種:犬
品種:アメリカンコッカースパニエルとトイ・プードルのmix犬
年齢:9y3m(2019年5月現在)
性別:去勢雄

現疾患:前立腺癌(診断から1年経過)

『臨床経過』

2018/1/31
3日間、嘔吐と食欲不振を繰り返したため、ホームドクターを受診。
主訴の原因となる病気は腸炎だと診断。
触診、血液検査、レントゲン検査、腹部エコー検査を行ったところ、前立腺に異変がみられるため精査を行った。

2/6
前立腺腫瘍だとしっかり確認するために、BRAF遺伝子検査を行った。

2/15
遺伝子検査の結果、前立腺腫瘍の可能性が高いという結果。
飼い主さんとご家族で話し合った結果、外科手術・抗がん剤治療は行わず、緩和療法(ロベナコキシブ単剤療法)を行うことになった。

2019/5/21
1年ぶりの経過観察。超音波で確認したところ、前立腺腫瘍が5cmになっていた。

そのほか、
詳しい経過に関してはこちら

【前立腺がんって?】

前立腺がんで発生が多くみられるのは『前立腺癌』と『移行上皮癌』です。
『前立腺がん』と『前立腺癌』は医学的には異なるものとして考えられます。

前立腺がんとは「前立腺で発生する腫瘍全般」のことを言います。
一方で、
前立腺癌とは「前立腺由来の腺細胞が腫瘍化した上皮系悪性腫瘍」のことを言います。
移行上皮癌は「移行上皮細胞由来の腫瘍細胞で構成された上皮系悪性腫瘍」のことを言います。
なんだかややこしいですが、これからいっぱい使い分けるので、覚えておいて下さい。

いったいどのような腫瘍が増殖しているか、前立腺がんの正体を明らかにするには病理組織学的検査が必要になります。

本症例では病理組織学的検査を行なっていないため、具体的な病名まではわかっていません。

 

『前立腺癌の簡単な解説』

前立腺がんで最も発生率が高い腫瘍、それが前立腺癌です。
犬の前立腺癌はアンドロジェン(男性ホルモン)非依存性ということが分かっていて、去勢したしてないはあまり関係ないと言われています。
一部の論文では去勢した方がリスクが上がるとは言われています。

症状
腫瘍が大きくなるにつれて、血尿や排尿困難などの泌尿器系疾患としぶり腹などの排便困難が現れます。

治療法
外科手術による前立腺腫瘍の切除や化学療法などがあります。
化学療法ではCOX-2阻害剤の有効性が示されており、抗がん剤ではなくNSAIDsを使うというのがこの腫瘍の特徴的治療法です。

予後
前立腺癌は浸潤性や転移性が強く、発見時にはすでに転移が全身へ拡がっていたということも多々あります。予後はあまりよくありません。

 

【前立腺の検査】

『超音波検査』

超音波検査をする前に
超音波検査を正しく見るためにはどの部分を見ているか正確に把握しておく必要があります。

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【図1】前立腺の解剖学的位置

前立腺は【図1】に示したような位置にあります。
膀胱の直下で尿道を中心に取り巻くように前立腺が存在しています。

超音波検査を行う

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【写真1】超音波検査を受けるヘミちゃん

腹部エコーの超音波検査はV字の台に犬を乗せ、ビヨーンと体を伸ばした状態で検査します。皮膚とプローブ(エコー)の間に空気が入っては画像が見えづらくなるので、アルコールスプレーをかけたり、場合によっては毛刈りを行い検査します。 

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【写真2】2018/3/18に撮影した前立腺の様子(縦断面)

飼い主さんより頂いたお写真で、この写真だけだと前立腺をどのように撮影したかよく分かりにくいですが…
うーん膀胱を写しているっぽいのですが、前立腺なのかな?
仮にこの大きな黒丸が前立腺とするのであれば、小さく白くキラキラしているものは嚢胞なのでしょうか?

ちょっとよく分かりません笑

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【写真3】2018/4/13に撮影した前立腺の様子(縦断面)

【写真3】に記している通り、左の高エコー(白く)円形に見えるものの方が前立腺に見えるのですが、僕なんかより経験数がはるかに多い獣医さんが撮影したので、きっと前立腺です。

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【写真4】2019/5/21に撮影した前立腺の様子(縦断面)

一年ぶりに前立腺のエコー検査を行いました。確かに大きくなっています。左下の数字では横軸4.75cm×縦軸3.09cmとかなり大きくなっていることがわかります。

 

 教科書の前立腺癌の写真と比較してみた

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【写真5】教科書の前立腺癌の写真
引用:Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 2036p, Figure 337-4

教科書によると超音波検査の検査所見としては
・前立腺が大きくなっている
・前立腺は高エコー(白く)になっている
・低エコーの嚢胞が見られる
などが主な特徴となっています。
しかし、この続きに「超音波検査では前立腺嚢胞や前立腺過形成との鑑別は難しい。前立腺液の評価と総合して診断すべき」とも記載されていました。

本症例では一致する点と一致しない点がまちまちなので、やはり総合的に考えることがとても大切になります。
次の項では前立腺液の評価についてお話ししていこうと思います。

『前立腺液の評価』

「細胞診」

前立腺液を尿道カテーテル経由で採取し、採取できた液の中に含まれる細胞を顕微鏡でチェックします。
本症例では前立腺液の細胞診を行なっているかは不明ですが、本来前立腺癌の診断を行うには必要な検査です。

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【写真6】教科書から抜粋した前立腺癌の細胞診
写真引用:Stephen J. Withrow ; David M. Vail ; Rodney L. Page : Withrow&MacEwen’s SMALL ANIMAL Clinical Oncology. 5th ed.,  ELSEVIER, 2013, 564p, Figure 28-8

前立腺液から採取した細胞でも【写真6】のような像が顕微鏡で確認できます。

 

「BRAF遺伝子変異検査」

BRAF遺伝子とは
BRAF遺伝子とはMAPK経路(Mitogen-activated Protein Kinase)の制御に関わる遺伝子です。
BRAF遺伝子に変異が見られるとMAPK経路の活性化が促進され流ということがわかっています。

BRAF遺伝子の変異がある腫瘍
BRAF遺伝子の変異がよく認められる腫瘍が2つあります。それは『前立腺癌』と『移行上皮癌』です。
この事実が発覚したのが2015年なので、現在発売中のほとんどの教科書には載っていません。
ある研究によると、前立腺癌のうち80%で、移行上皮癌の67%でBRAF遺伝子の変異が確認されています。
腫瘍病変でのみこの遺伝子変異は確認できるため、前立腺嚢胞や前立腺炎、前立腺過形成などと鑑別できます。

Sequencing analysis revealed that a single nucleotide T to A transversion at nucleotide 1349 occurred in 64 primary tumors (9.6%), with particularly high frequency in prostatic carcinoma (20/25, 80%) and urothelial carcinoma (30/45, 67%).  引用文献:BRAF Mutations in Canine Cancers.

 

本症例のBRAF遺伝子変異検査

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【写真7】ヘミちゃんのBRAF遺伝子変異検査の結果
※個人情報のため一部、隠しています。

BARF遺伝子検査の結果、本症例では「変異あり」という結果でした。変異があった場合、腫瘍性疾患である確率がとても高くなります。
ただし問題は移行上皮癌と前立腺癌の鑑別ができないということ。
この2つを鑑別するには手術によって摘出したのちに病理組織学的検査が必要になります。

 

【きし麺のようなウンチ(注意:便の写真出ます)】

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【写真8】本症例が排泄した糞便

【写真8】は本症例が排泄した糞便です。この糞便は一部がきし麺のように扁平化しています。これは前立腺が下から押し上げているために起こっていると考えられます。

詳しくは次の図を参考にしてみて下さい。

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【図2】前立腺がんが便を変形させる理由

前立腺が腫瘍化するとその分直腸を下から押し上げます。前立腺腫瘍部を通過するときにのみ直腸内の糞便が圧迫されるため、【写真8】のような一部だけ変形した糞便が出るのです。

こういった変形した便が出ている場合、何かしらの腫瘍の可能性があるので、注意しましょう。

【尿淋滴:おしっこがポタポタ】

『本症例では尿漏れも確認』

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【写真9】尿道口から尿が滴っている様子

本症例では尿淋滴(尿漏れ)も確認されました。前立腺がんの際、尿漏れが見られることもしばしばあります。
では、なぜ前立腺がんで尿漏れ起こるのでしょうか?それには膀胱・尿道周りの筋肉と神経が関係しています。

『排尿の簡単な生理学』

おしっこを貯めるという行為(蓄尿)

膀胱は平滑筋(不随意筋=意識して動かせない筋肉のこと)でできており、動物は無意識にその筋肉を弛緩させることで、尿を膀胱に貯めています。
さらに尿道には尿道括約筋(随意筋=意識的に動かせる筋肉のこと)というものがあり、そこを締めることで蓋をするような形で尿を膀胱内に貯めています。

おしっこを出すという行為(排尿)
そして排尿時には意識的に尿道括約筋を緩め、蓋を開けてから、無意識下で膀胱の平滑筋が収縮して搾り出すようにおしっこが出て行きます。

それぞれの神経支配
筋肉を動かすにはもちろん神経による指令が必要となります。膀胱の平滑筋や尿道括約筋においても例外ではありません。
『蓄尿に関わる神経』
下腹神経交感神経系の神経で、L1~L4分節から出ている神経です。蓄尿時に膀胱平滑筋の弛緩を命令します。

『排尿に関わる神経』
骨盤神経副交感神経系の神経で、S1~S3から出ている神経です。排尿時に膀胱平滑筋の収縮を命令します。

『意識的に応じて働く神経』
陰部神経体性神経系の神経で、S1~S3から出ている神経です。尿道括約筋を支配しており、蓄尿時には収縮を、排尿時には弛緩を命令します。

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【図3】膀胱・尿道の神経支配

 

『考えられる原因①:筋肉の問題』

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【図4】筋肉が原因で起こる尿淋滴

先ほど説明した『排尿の生理学』を読んで頂ければわかると思いますが、排尿という行為は筋肉が緩んだり、縮んだりすることで行われています。
前立腺の位置は膀胱-尿道移行部に存在しています。
前立腺腫瘍のように浸潤性が高い腫瘍ではこのような蓄尿・排尿に関わる筋肉が破壊されて増殖して行くことがあります。
そうして、正常な機能を失ってしまった膀胱や尿道ではうまく尿道括約筋を締めれないなどで、おしっこがポタポタ垂れ落ちる尿漏れが起こることもあるのです。


『考えられる原因②:神経の問題』 

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 【図5】神経が原因で起こる尿淋滴

神経が原因で起こる尿淋滴(尿漏れ)は腫瘍の増殖によって神経が物理的に障害を受け、正常な機能が果たせなくなった場合に起こります。
先ほどご紹介した神経のうち、どの神経が障害されるかによって、排尿困難や尿漏れなど現れる症状が異なるのも特徴の1つです。

【現在、本症例が行なっている治療法】

本症例は抗がん剤や手術を行うことせず、ロベナコキシブという内服薬で緩和治療を行なっています。 

『ロベナコキシブってどんな薬』

ロベナコキシブとはNSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛剤)であり、COX-2選択的阻害薬として知られています。COXについては後ほど解説します。

「え?腫瘍なのに鎮痛薬?」

そう思われた方もいるかと思います。

実は前立腺がんのうち、移行上皮癌はCOX-2選択的阻害薬が有効であることがわかっていて、前立腺癌でも有効ではないかと考えられています。

『COX(シクロオキシゲナーゼ)とは』

COXとは炎症に関わる酵素でCOX-1と2があります。これら2つの大まかな役割としては
・COX-1は胃粘膜の保護などに必要なものを作り出す
・COX-2は炎症に必要なものを作り出す 
つまり、『COX-1は胃粘膜を保護する』で『COX-2は炎症を引き起こす』ということです。ざっくりなので、正確な作用ではないですが、こんなイメージを持っていて下さい。

『移行上皮癌 vs COX-2阻害薬』

移行上皮癌はCOX-2を阻害することによって、抗炎症効果に加え
・血管新生の抑制
・アポトーシス誘導
・免疫反応の調節
などの抗腫瘍効果もあることがわかっています。

そして、そのCOX-2阻害薬のエース級の成績を誇るのが『ピロキシカム』というNSAIDsです。この薬はCOX-1と2の両方を非選択的に阻害するので、胃薬などと一緒に服用します。

『前立腺癌 vs COX-2阻害薬』

前立腺癌においてはCOX-2阻害薬の関係性ははっきりとは分かっていませんが抗腫瘍効果があるのではないかと言われています。

その理由として
・前立腺癌の犬75%がCOX-2を発現する
・COX-2カスケードの先にあるPGE2が前立腺癌を助けている
・COX-2が誘導するIL-11が骨転移に関与している
 などといった理由で、COX-2を抑制すれば、抑えられるのではないかと考えられているのです。

『本症例が服用中のお薬』

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【写真10】本症例が服用中の薬

本症例のヘミちゃんが飲んでいるお薬は先ほど説明したロベナコキシブミソプロストールという胃薬です。右の袋に青線が引いているのは飼い主さん曰く、「朝あげる方」というマークらしいです。こうやって間違えないように工夫されているんですね!

それよりも特徴的なのが、励まし文句を袋に書いていること。
飼い主さんの想いと明るいキャラが如実に体現されていますね笑

 

【最後に】

今回は『前立腺がん』の症例について解説しました。
前立腺がんには主に前立腺癌と移行上皮癌があり、これらの診断には細胞診や遺伝子検査、病理組織検査などが必要になります。
これらの腫瘍は腫瘍にしては珍しくNSADIs(ピロキシカムやロベナコキシブなど)で効果が期待されており、緩和目的の治療であれば、抗がん剤を使用しなくても粘れる腫瘍です。
あと、余談になりますが、前立腺癌の低発犬種としてM・プードルとアメリカン・コッカー・スパニエルが並んでいます。
本症例のヘミちゃんはアメリカンコッカー(母)×トイプードル(父)のMIX犬で低発犬種の組み合わせなのに珍しいなと思いました。
とはいえ、この好発犬種/低発犬種は海外のデータなので、日本国内で継代されている遺伝子とは異なる可能性も十分考えられますが。

 

【謝辞 -写真提供者さんのご紹介-】

ヘミごはんさん
ヘミちゃんの飼い主さん
Twitter:

運営されているブログ

ameblo.jp

ヘミちゃん
アメリカンコッカー(母)×トイプードル(父)のMIX犬

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写真のご提供、誠にありがとうございました。

 

【本記事の参考書籍】

Stephen J. Withrow ; David M. Vail ; Rodney L. Page : Withrow&MacEwens SMALL ANIMAL Clinical Oncology. 5th ed.,  ELSEVIER, 2013, 561-566p, 572-579p

Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, 2035-2036p

日本獣医内科学アカデミー編獣医内科学 2版, 文英堂出版, 2014, 326-327p, 325-326p

Erik Wisner ; Allison Zwingenberger 著, 長谷川 大輔 監訳犬と猫のCT&MRIアトラス, 緑書房, 2016, 599p

 

【前立腺がんに関する記事はこちら】

『前立腺癌について』

www.otahuku8.jp

『移行上皮癌について』

www.otahuku8.jp

 

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